提出しなかった夏休みの宿題

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the end of summer

8月31日。西日本の多くの小中学校で、夏休みが終わる。
夏休みと聞けば、時々、ヒリヒリとした感傷と共に思い出すのが、中学2年生の夏休み。こともあろうに、私は数学の宿題をまったくやっていかなかった。

体制に対する孤高の反発というような、まさに中二病的パンクスピリットからの行動ではなく、単に、それほど真剣にこなさなければならないタスクだとは思っていなかったのだ。今からすれば、とても信じられないが、完全に舐めている。しかも、その代わり何かに打ち込んだという記憶もゼロ。考えがまさにスイートだった。

ことの重大さを初めて意識したのは、自分以外の全員が数学の宿題を提出することを知った瞬間。日頃、恥を行動規範のひとつに据えていたはずの日本人少年は、冷房のない教室で独り血の気が引いて凍えていた。もちろん、宿題をまったくやっていなかったので提出のしようがないのだが、理屈の通らない言い訳をあれこれし続けた。情けなさ過ぎて、内容も未だに覚えている。

結局、クラス全員の目の前で強烈に体罰を喰らい(時代だけれど、自分としては納得)、担任に職員室へ呼び出されるほどになったのは、後にも先にもあの時だけだった。『俺のことを嫌いになっても、数学を嫌いになるな!』は、強面の担当数学教師Fの口癖だったが、その教師も数学も、終わった夏休みも、緊張感のなかった自分も、何もかもがいっぺんに大嫌いになった。その後、3学期にはまた数学の成績はV時回復するのだが、Fにそのネタをいじられる度に脂汗をかき、夏の古傷はしっかり内申書に残るのであった。

夏休みの宿題が持つ意義など、子どもには分からなかったが、大人になってからさらに重要性を増した気がする。そして、実はその多くが未だに終わっていない。

  • 上長から出された指示は、真剣に聞いておいた方がいい。忘れずにメモし、目につくようにしておく。タスクは小分けして、時間配分を常に意識しよう。
  • 炎上したプロジェクトでもヘルプしてくれるような、信頼できる仲間を持っておくのは大事。ただ、ヘルプは自分から出さないと気づいてもらえない。
  • ミスは早めに、正直に認めた方が、被害拡大は最小限に抑えられる。しかし、これが本当に難しい。追い詰められた時に、人間の本性が見える。
  • 国語や美術以外に、むしろもっと重要な、しかし自分が得意でないことが世の中にはあまりに多い。取りあえず、規定のレベルだけはクリアを目指す。

ということで、宿題の締切に追われている学生(と、その保護者関係)の皆さん。格好悪くても、奥の手使ってでも、最後の最後まで足掻くことも時には重要らしいですよ。暑い夏は、過ぎ去ればまた楽しい想い出。

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