英語や中国語…今さら社会人が語学を勉強したって、本当に意味はないのか?

語学学習に意味はあるのか?ハッキリした目的って必要なのか?

私の場合、学習系サービスの心理的な演出やUIには興味があります。Duolingoは数年前に、英語/フランス語の組み合わせでしばらく使ってみた後、ほったらかしていました。それを、2019年の連休中に再開させたようです(覚えてない)。英語/スペイン語、英語/中国語も加え、少し遅れて英語/日本語も始め、今は合計4つの組み合わせで同時にレッスンを進めています。リスタートのきっかけはこれといって何もなく、旅行に行くとか、東京五輪に備えてとか、目標も別にありませんでした。

Duolingo以外にも、語学学習系のサービスは不定期で使っていますが、学習を続けてきたからといって、何か具体的な成果になっているわけではありません(今のところ、まだね)。一次ソースの資料をサラサラ読めるようになったとか、外国人の友達ができた、仕事に繋がったとか、ほぼありません。それでも、病気で寝込んだり、二日酔いできつい時や、体調が悪くて出先で倒れた時、海外にいる時も、何とかギリギリで24時間以内に起動しては続けてきました。

自分で設定したタスクをクリアする習慣づけ

ただ、『具体的な目的や目標、目に見える成果がないと、やる意味がない』と切り捨てるのは、実にもったいないと思うんですよ。確かに、海外の情報に直接触れるチャンスが広がるのは大きなメリットですが、目先の成果だけを目的にしてROI(費用対効果)を追求しても、何だかとても「貧しい」気がします。

今は、まったく先行きが見えない、不安と不満が渦巻く社会情勢です。そんな中、どうせ何もしなくても、自分の記憶力や体力は衰えていくことも避けられません。無理なく続けられるテーマや負荷を管理・調整していくことで、自分にとってのルーティーンを自分で設定し、タスクとしてクリアしていくことを目的にしているような気がします。つまり、半分は手段の目的化です。ただ、できれば成果のいいとこ取りや効率もちょっとは意識したいワガママ。

狂わずに何とか生き続けられるためのヒントは、いろんなところにあるかもしれません。もちろん、別に語学学習でなくてもよくて、人によっては制限付きで工夫しているスポーツだったり、新しく始めたベランダ菜園でしょうか。生きてる限り学びに終わりなんてありませんからね。次は、プログラミングにもチャレンジかな。