絶望と挫折を経験した人はすべて、映画『ホドロフスキーのDUNE』を見よ!

日本語版ポスター
『失敗してもかまわない、
それも一つの選択なのだ』

しかし、完成していれば『2001年 宇宙の旅』に匹敵するほどの大作になっただろう作品は、資金難のために頓挫してしまう。『DUNE』という異様な存在感を放つモノリスに触れたが最後、人は畏れを感じずにいられない。『制作が頓挫した本当の理由は、資金の問題ではない。そのあまりに先進的な世界観を、当時の映画産業が恐れたからだ』と関係者たちが語る。やはり、ハリウッドに強い衝撃を与えるほどの魔力の塊であった。

世の中を変えるはずだった映像、撮影されるはずだった傑作は、そこに存在するはずだった夢、実現されるべき未来だった。それが消滅し、永遠に失われることにより、本来与えただろう影響よりも遥かに無限の価値を生み出し、後の『スターウォーズ』や『エイリアン』『ブレードランナー』『マトリックス』の派生に繋がった。死によって、命が燦めくという強烈なパラドックスは、まさに『DUNE』の主人公の姿であり、シナリオそのままであった。

The 25 Greatest Movies Never Made(製作されなかった偉大な映画25本)

カルトムービーの巨匠アレハンドロ・ホドロフスキーの名前は、自分の映画体験でも特異な位置を占めている。

昔、福岡市中央区西通り近くに「KINO 1/KINO 2」という、今でいうミニシアター系の映画館があった(2020年6月に新しくオープンした施設とは別)。『ロッキー・ホラー・ショー』や『オペラ座の怪人』『夢見るように眠りたいも』『サロメ』など、カルト青年の通過儀礼としての時間を過ごしていた。スマートフォンという手のひらに載る脱出口が無い時代、現実世界から逃避するには、街角の暗がりは数少ないシェルターだった。

中でも強烈だったのが、ホドロフスキー監督作品の『エル・トポ(EL TOPO)』であり『ホーリー・マウンテン(The Holy Mountain)』だった。哲学的で難解な内容と精神的にもヤられるエグい映像表現は、健康診断の採血ですら気分が悪くなりがちな私には、あまりにも強烈過ぎた。目を開けているのに視界がホワイトアウトし、耳から聞こえる音が曲がる。まさにあれは、観るドラッグだったのだと思う。

ロックな戦士ホドロフスキー

まさか2010年代中盤に入って、またホドロフスキーという名前に魂を揺さぶられ、遠い映画館まで2度ならず3度も足を運ぶことになろうとは思いもしなかった。他者からもらう勇気に懐疑的な自分ですら、うっかり勇気づけられてしまったほどだ。

失われた金字塔とはいえ、そのまま作品化されたこの映画を見たかった複雑な気分も感じる。ふと、脚本にレイ・ブラッドベリが参加していたらどうなっただろうとか、現代で監督が声を掛けるならレディー・ガガ辺りだろうか、7時間もの長編大作なら3部作もいい…などと妄想する。どんなつまらない作業でもいいので、自分もこの現場に加わっていたかったとすら思った。


できあがる前に失われたことで、批評すら受け付けない永遠の神話となり得たホドロフスキー版DUNEに対して、手元にあるデイヴィッド・リンチ版『デューン/砂の惑星』が急に色褪せて見える。事実、リンチ自身が「失敗」として語っている。そんな裏事情が分かれば、これはこれで愛おしいけどネ。

David Lynch: Dune & Failure

途中まで進んで頓挫するプロジェクトの多くは、その後の他の予定や人間関係に影を落とすものだ。心血を注ぐほどのことならなおさらだろう。制作(準備)費の償却や権利関係の処理が気になったが、登場人物で当時の製作に関わった人たちは、誰も監督に恨み節の一つでもいうでなく(そういう人選だったといえばそれまでなのだろうが)、屈辱や悲哀と共に今なお愛おしさを感じている様子が伝わる。

ホドロフスキー監督は、どこまでも人間的な魅力に溢れる人間であり、狂気の映画芸術家であり、そして今なお戦士だ。この作品をきっかけとして、御年84歳にして23年ぶりの映画『リアリティのダンス』を作らせたほどの彼の言動から、まだまだ目が離せない。