中銀カプセルタワービル見学ツアーに参加してみた

中銀カプセルタワービル

去年の晩秋、銀座の中銀カプセルタワービルの見学ツアーに参加しました。高度経済成長期の技術を活かした最先端の暮らしがあって、限られた地域に高密度で凝縮されていた、世界的にも人気の象徴的な建物です。そのコンセプトは、現代にも通じます。しかし、時代の移り変わりで、今やそれが歴史の一部として消えつつあります。

今年の3月頃、長崎の端島(軍艦島)の30号棟で、建物の一部が崩落していたことをTwitterで知りました。私は元々、建築物や廃墟にはちょっと関心があって、軍艦島も今ほど規制が厳しくなかった頃に、上陸見学ツアーに参加したことがあったんです。
諸行無常。人の手によって作られたものの風化は避けられないこととはいえ、何だかヒリヒリする感情を抱きました。これはその後、銀座の中銀カプセルタワービルを見学した時にも感じたことでした。軍艦島のことはまた機会があれば書くとして、今回はこの中銀カプセルタワービルのことをちょっと書いてみます。

中銀カプセルタワービルとは

東京銀座にある世界的に有名な建築物「中銀(なかぎん)カプセルタワービル」。大きな細胞のようなモジュールをいくつも組み上げた外観が特徴的です。また、外観や内装だけでなく、そのコンセプトの先進性などもあって、テレビや書籍、Webでも、国内外を問わず多数紹介されています。軍艦島同様、どこかで見聞きしたことがある人も多いはず。ファンも多くて、何と3Dモデルを作って公開している人もいるほど。
ここで内部を見学できるツアーが不定期に開催されているので、私も参加してみました。

見学ツアーに参加してみた

私が参加したのは2019年11月半ばで、当日は爽やかな秋晴れ。築地市場からも歩いて行ける距離だったので、ぶらぶらと散歩しながら、予定よりかなり早く現地に到着しました。

まずはその外観をじっくり眺めてみますが、例えるのが細胞でなければ、監視カメラか四角い目覚まし時計、おもちゃのブロックとか。ただ、周りには、高層ビルや首都高速が通っているので、よくイメージ写真で見るように、特徴ある建物でも遠くからそれと気づくことはできませんでした。近くまで行って見上げて、いきなりわかる感じです。カメラのアングルが難しい。

防鳥ネットで覆われているので、残念ながら、直接目視できる部分は限られていますが、確かに、どのビルとも違う異様な雰囲気です。見上げれば、エアコンのパイプらしき管が、植物の根のように不規則にありえないほど長く伸びています。
また、所々には、キッチンスペースを増設したと思われる、レンジフードのような出っ張りが自己主張しています。ファサードや裏口、歩道の脇など、至るところが経年劣化で痛んでいるのも否めません。無機物なのに、どこか生命のしぶとさも感じます。

新しいビジネスやライフスタイルのコンセプト

ツアーの途中で、当時の古いカタログをそのまま撮影して復刻されたパンフレットを買いました。タイトルに踊るのが「カプセルマンシオン」の文字。高度情報化や、ワークスタイル・ライフスタイルの多様化、仕事と家庭以外のサードプレイスなど、夢と規模に満ちあふれていた時代の未来は、50年近くを経た現代にも通じます。

このビルの設計は建築家の黒川 紀章で、竣工は高度経済成長真っ只中の1972年(昭和47年)。コンセプトは、ビジネスカプセル—つまり、ビジネスホテル+カプセルホテルという、滞在型ドミトリーです。既存の建物で雰囲気的に近いのは、例えば「ナインアワーズ」や「ファーストキャビン」などの、カプセルホテルやビジネスホテル系でしょうか。
建築工法も非常にユニークで、中央に巨大な支柱を建設し、モジュール化した各居室をフックで引っ掛け、下から順番に東西南北4方向に積み上げていく方式で作られています。