
今日2023年1月16日は、キング牧師記念日(Martin Luther King, Jr. Day)。アメリカの公民権運動の象徴となったマーティン・ルーサー・キング牧師(MLK)を称える日です。
私は、多言語学習サービスのDuolingoを3年以上毎日使っているんですが、去年2022年のキング牧師記念日に公開されていた、スタンフォード大学の教育や言語学、文学の教授による、キング牧師のスピーチを分析したブログ記事がなかなか興味深かったので、改めてご紹介します。
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マーティン・ルーサー・キング牧師が、黒人の伝統的な説法を使って、どのように力強いスピーチをしたか
オーディエンスとのコールアンドレスポンスのような詩的インタラクション、繰り返されるフレーズや韻のリフレイン、そして、果てしない闘争と苦悩の末に実現される希望と救済という修辞的構造。歴史に残るキング牧師の伝説的なスピーチには、魂が込められています。
キング牧師の伝説のスピーチから、学んで考えられる2つのこと
キング牧師の伝説のスピーチから、私たちが学んで考えられることは、大きく分けて2つあると感じています。
一つは、聴衆に当事者であることを意識させ、苦悩を希望へと昇華させていくパッション(情熱)です。これは、キング牧師の信念や宗教心、黒人としてのバックグラウンド、60年代の時代背景などに裏打ちされています。今や世界的にもよく知られていますが、簡単には真似はできませんし、真似レベルならそもそもすべきでもありません。しかし今、伝説のスピーチを振り返ると、過去の、太平洋の向こう側の、他人種間の話ではないのでは?という思いを強く抱きます。
もう一つは、オーディエンスを惹きつけ、巻き込みながら、一体感を醸成していくレトリック(修辞法)です。こちらは、構造を分析して学習することで、相手に自分のメッセージを伝える一つのスキルとして、現代の私たちでも身につけられるかもしれません。そのまま私たちが、日本のビジネスプレゼンのヒントにするには強烈すぎて大失敗間違いなしですが、せめてそのわずかなエッセンスだけでも、オーディエンスの心を揺さぶるヒントにしたくなります。
今回は、これら2つを再考してみました。
マーティン・ルーサー・キング牧師(MLK)とは
マーティン・ルーサー・キング牧師(Martin Luther King, Jr.)は、1960年代にアメリカで活動した自由民権運動の指導者です。平和的・非暴力的な抗議行動を指揮した、キリスト教バプティスト教会の牧師であり、神学者でした。人種差別と抑圧に苦しめられてきたアメリカのブラックコミュニティーにおいて、牧師は説教師かつ教師でした。
1968年4月、テネシー州メンフィスで凶弾に倒れ、39歳の若さで亡くなるという悲劇的な最期。しかし、自由と平等を求め続けた彼の活動は、国境や人種を越え、本や映像を通じて世界的にも広く知られています。
U2は “Pride (In The Name Of Love)” の中でキング牧師を称え、『愛という名の下に、他に何かあるのかい?』と叫び続けています。撮影されてるのは、メンフィスじゃなくダブリンだけど。”Early morning, April four. Shot rings out in the Memphis sky.” のリリース当時の歌詞は時間が間違っているので、今は “Late evening…” に直されてますけど。
伝説のスピーチ「私には夢がある(I Have a Dream)」
まずは、この17分間の伝説のスピーチを。ゆったりした静かな口調でスタートし、リズミカルなテンポで徐々に高揚感が高まり、力強い表現とスピードが増すに連れ、聴衆の興奮も高まっていく。英語が全然わからなくても、音を聞くだけでも魂を揺さぶられるはずです。
日本語訳は、アメリカ大使館が企画運営しているサイトが上質なので、合わせてぜひご一読を。
このスピーチの舞台となったのは、1963年8月28日のアメリカ合衆国ワシントンDC。25万人近い人々が首都に集結し、皮膚の色や出身などに関係なく、すべての社会階層の人々に対する公民権と平等を求めて行進しました。これは後に「ワシントン大行進」と呼ばれるデモでした。その時の最後の演説者がキング牧師で、後に世界的にも知られるスピーチが語られたのでした。
1950年代からの盛り上がりを見せていた公民権運動はここに一つの頂点を迎え、実際に、翌年には連邦議会で公共施設に於ける人種分離を禁止した「1964年公民権法」が成立しました。また、キング牧師は、史上最年少でノーベル平和賞を受賞しました。
アフリカ系アメリカ人の伝統的な説法に見られる3つの言語的特徴
Duolingoの記事では、キング牧師がメッセージを伝えるために使ったスピーチの手法が、アフリカ系アメリカ人の伝統的な説法(アフリカンアメリカンランゲージとレトリック)だったと説明されています。彼が、黒人教会で磨いたコール&レスポンスを通じた聴衆から話し手へのフィードバックループを、多民族・国際的な聴衆の関心を引くために応用したという解説は、とても興味深く感じました。
繰り返し(リフレイン)
会話の中で、互いに続く、あるいは互いに近い音や単語を繰り返し使うこと。同じ文法構造を持つ類似のフレーズや句を使用する手法は、平行法(パラレリズム)と呼ばれます。スピーチの中では、複数の場所で、違うリフレインが複数回使われています。
With this faith, we will be able to work together, to pray together, to struggle together, to go to jail together, to stand up for freedom together, knowing that we will be free one day.
『この信仰があれば、私たちは共に働き、共に祈り、共に闘い、共に牢屋に入り、共に自由のために立ち上がることができ、いつか自由になれると知っている。』
呼びかけ(コール&レスポンス)
ライブイベントで定番のこのスタイルも、アフリカンアメリカンのスタイルだったとは。話し手が発言し(「コール」)、聴衆がリアルタイムで肯定するフレーズを提供する(「レスポンス」)は、参加型スピーチの代表的なスタイルですよね。
I have a dream (Well, well) that my four little children (Yes, Sir!) will one day live in a Nation where they will not be judged by the color of their skin, but by the content of their character. (My Lord!)
『私には夢があります(そう)私の4人の小さな子供たち(イエス・サー!)が、いつか肌の色で判断されるのではなく、人格の中身で判断されるような国に住むようになることです(我が主よ!)。』
長々い嘆きの果ての希望
旧約聖書のエレミア書 Jeremiahをベースにしているとのことですが、流石にこれは旧約聖書の知識がゼロだと辛い…ざっと調べた限りでは、神によって無理矢理預言者にさせられたエレミヤなる人物が、禍を預言し、神の御言葉を伝え、信仰を訴え続けたという3大預言書のひとつなのだそうな。ちなみに、「3」の繰り返しがキリスト教の三位一体(父、子、聖霊)の概念を想起させるとも分析されています。とにかく、果てしない苦難と破滅を劇的に宣告し、最後に希望と救済を主張する修辞的な構造です。
One hundred years later, the Colored American lives on a lonely island of poverty in the midst of a vast ocean of material prosperity…. But we refuse to believe that the bank of justice is bankrupt. We refuse to believe that there are insufficient funds in the great vaults of opportunity of this nation.
『100年後、有色人種のアメリカ人は、物質的な繁栄の大海の中の貧困の孤島に住んでいる……。しかし、われわれは、正義の銀行が破産したとは考えない。この国の、機会という大きな金庫の中に、十分な資金がないとは考えない。』
「繰り返し」と「呼びかけ」だけなら参考にできる(かも…
『すべての人間は平等に作られている』という理念は、アメリカという国家の独立宣言にも盛り込まれていることなんですよね。それを踏まえた流れで、夢が何度も打ち砕かれていた「白人の兄弟姉妹たち」に向かっても語り掛ける。
効果的なロジックは聴衆の気持ちを動かし、次のアクションへとつなげていく。そのことを、強く意識できる好例であることは間違いありません。まずは、「繰り返し」と「呼びかけ」のエッセンスだけでも参考にしてみることはできるでしょう。
しかし、強い信仰心や自由への強烈な渇望がないまま、表面的な部分だけを真似しようとすると、かなり芝居じみた上っ面の演技にしかならないはず。そして間違いなく大失敗するのは、S.ジョブスの現実歪曲フィールドを参考にしようとするのと同じですね。ただの真似ではなく、自分のモノにしていかねば。
現代の私たちが知ること、考えるべきことは、何なのか?
時は流れて、2023年の現在。私たちが、参考にしたり真似たりするのではなく、知って考えるべきこともあります。
アメリカの人種対立は治まるどころか、マイノリティーになることが確実視されている白人層の焦りは、過激に先鋭化しています。BLM (Black Lives Matter) 運動が起きたのは2013年ですが、実際には、ずーっと人種差別が続いている訳ですし。ヒスパニックやアジア系市民が標的になったのも、記憶に新しいところ。
さらに世界に目を向ければ、パンデミックや戦争、社会格差、貧困、差別、分断…。60年代のアメリカの黒人たちが声を上げていた抗議行動は、国や人種を問わず、全世界で可視化されています。今の世界が、キング牧師が夢に見た社会に近づいているとは、到底思えません。
存命であれば、御年94歳。キング牧師の誕生日を祝いながら、過去に起きたことと、今起きていることを真摯に知り、それぞれの自由を考え続けましょう。