
愛知県で開催中の現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2019(以下、あいちトリエンナーレ)」。「表現の不自由展・その後」の、特に少女像と昭和天皇の写真にばかり注目が集まってしまいましたが、いろいろ素晴らしい作品も多かったので、会期の残りが20日ちょっとになった今(残念ながら、もう一回行くことも叶わなそうなので)、遅すぎる夏休みの宿題として、印象に残ったいくつかの作品の感想を書いてみます。
「表現の不自由展・その後」は、私がこの展覧会で見たかった出展作品の一つで、展示が中止される直前のも慌ただしい中でバタバタ鑑賞しました。実際に鑑賞した自分としての印象もある一方、一連の騒動を自分の中でもどう捉えたものか、未だに考えが整理できていないので、また機会を改めて別のエントリーで書くつもりです。
愛知芸術文化センター
まずは「本丸」へ。後から知りましたが、この時、事務局は大混乱だったんですね。それを知ってか知らずか、会場内は静かな雰囲気でした。それよりも、美術館前の「オアシス21」ではコスプレのイベントが開催されていて、どこまでが現代アートの展示作品かわからない(!)ような、なかなかカオスな状態でした。

日常演習 | 袁廣鳴(ユェン・グァンミン)(A20)
とても強く印象に残った作品の筆頭がこれ。台湾で毎年実施されているという防空演習を、ドローン撮影した映像作品です。空襲サイレンが響く中、車も人も全く動かない、高精度なCGのような光景が目の前一杯に広がる緊張感は、完全に侵略者の視線でした。写真家の中野正貴氏の写真集『TOKYO NOBODY』を思い出していました。対照的な、今の荒れる香港情勢とのコントラストや繋がりも感じました。

ラストワーズ/タイプトレース | dividual inc.(A14)
人生最後の10分で書くメッセージをテーマにした展示。TypeTraceという仕組みで、文字入力するスピードや変換がそのまま記録され、そのまま再現されていきます。何のきっかけだったか忘れましたが、以前、TypeTraceアプリケーションをインストールして、時々起動していたので、この仕組みのことは知っていました。
中央のiMacでは、キーボードがカタカタと自動で音と立ててメッセージを入力していきます。壁面にいくつも並んだディスプレイには、どこかの誰かが書き記した遺言が表示され、人々が静かにそれをじっと見つめます。普段、スマホでしか文章を書いていないだろう世代も、カタカタと音を立てて文字を書いていくキーボードに関心を示していたのが印象的でした。死をイメージする時にすら、フォントサイズの装飾を気にする人がいることも。
私は、「10分遺言」を書くのは、名古屋へ行って、その場でいきなりと決めていました。会場でこそ書きませんでしたが、名古屋を離れる前の深夜、死にゆく自分を悲しんでくれるかもしれない人たちに向けて、10分ぴったりで書いて残してきました。

Stranger Visions, Dublin: Sample 6 | ヘザー・デューイ=ハグボーグ(A13)
これも凄かった。街をフィールドリサーチして、残留物からDNAを解析し、その人の顔を3Dプリンターで再現する研究作品でした。驚いたのは、自分のDNAの痕跡を消し去ったり、置き換えてマスクキングする薬品がすでに開発されている、SF小説のような現実。システムに自分が特定されないようなマスクやメイク、シャツや、デジタルタトゥーとしての痕跡を隠したり、消す処理と同じことが、何れDNAでも当たり前になることを予感させました。治験があったら参加したい!

チャイルド・ソルジャー | パク・チャンキョン(A21) 閉鎖中
ジャングルで過ごす、戦時の少年兵の日常なのか、一見、何と言うことはない写真とスライドショーでしたが、少年兵が当たり前だと思えるのは、どこかの遠い異国か、昔の話だと思いたいだけだったのかも。A.ランボーの詩『谷間に眠れる男(Le Dormeur du val)』 を思い出していました。近くの展示作品から流れてくる籠もった爆発音が、妙にシンクロしていました。
孤独のボキャブラリー | ウーゴ・ロンディノーネ(A06)
作者がそれを狙っていたかどうかは知りませんが、間違いなくInstagram向きだった作品の一つ。カラフルな等身大のピエロは、子供も楽しめ、至る所で同じポーズを取ってははしゃいでいました。
「人が見せるさまざまなポーズを表現した」という割には、満員電車の通勤とか、デスクワーク、キッチンで調理中のような姿は一つもありませんでした。また、笑顔のピエロが一人もいないことと、全てのピエロの顔に擦り傷のような汚れが、必ずあったことが印象的。実は、見た目ほどハッピーな作品ではなかった気がしています。
鑑賞者たちは楽しそうにはしゃいでいたものの… ピエロの皆さんはどこか物憂げで、顔にも汚れが。
ドローン・シャドー | ジェームズ・ブライドル(A18a)
会場入口前に着いて真っ先に気づいたのが、地上に描かれた巨大な、恐らく軍用機の輪郭を模した線。コスプレイベントのグループは、その白線を全く意識していないようでした。
11階の展望回廊の説明を読んで初めて、それが無人ドローンの輪郭だと知りました。筑前町立大刀洗平和記念館の天井に、メッシュ状の金属で象られた、B29のシルエットも思い出していました。
無人兵器のシルエットの上で、楽しそうに過ごす大勢の市民のコントラスト。作者が意識したのかはわかりませんが、エアコンのない回廊部分には夏の直射日光が強烈に降り注いで、息苦しいほどの蒸し暑さでした。

タニア・ブルゲラ(A30) 閉鎖中
会場を歩いていて何故か急に、『湿布を貼ってる高齢者が多くなってきた?』とは思ったんです。それは勘違いで、実は充満したメンソールで強制的に見る人に涙を流させる部屋という作品。確かに息苦しくて、ちょっと目をやられそうでしたが、涙まではしませんでした。入口で5桁の数字のスタンプを押してもらえなかったのは、会期が始まってまだ浅いスタッフの、単なるオペレーションミスだったか。
原子力の時計 | スチュアート・リングホルト(A24)
大掛かりな時計で、裏では、ある時間になれば、地球の玉が転がって下へと落ちていく仕掛けでした。世界が崩壊するまでをカウントダウンする、世界終末時計を連想しました
