中銀カプセルタワービルと『DUNE』とFlash

銀座の中銀カプセルタワービルを見学したときのことを長々と書いたのは、実は、これからの新しいビジネスやライフスタイルの考え方に関係するような気がしたからなんです。ちょうど、映画のリメイクについても、考える機会がありました。

つまり、新しい様式に合わせて何かを変更したり、新しく開発するときに、昔あったモノを今の技術でただリメイクするのではなく、まったく新しい解釈が必要かもしれないという話。これは「ニューノーマル」をどう設計していくべきか?に通じるのかもしれません。日々、悶々とする中でふと、去年の秋に見学した特異な建築物と、幻の大作やこれから公開される映画などとのシンクロに気付いたので、その辺りにヒントがないかあれこれ考えてみました。

保存派vs建替派のせめぎ合い

そもそも、この中銀カプセルタワービル見学ツアーは、ビルを貴重な建築遺産として維持管理しながら何とか残したい保存派の活動の一つなのだそうです。ツアーを主催するMさんご自身が、数部屋を所有していらっしゃるオーナー。

一方、老朽化したビルは取り壊して一般的なマンションにし、土地や建物を有効な資産として活用したい建替派がいるとのこと。確かに、購入者にとっては区分所有した資産であり、建築遺産に祭り上げられるのも、それはそれで問題かもしれません。
なかなか妥協点が難しい双方のせめぎ合いが続いていて、今のところ保存派は劣勢とのことでした。その危機感もあっての、見学ツアーや出版物のクラウドファンディングなのでしょう。

単なる建築ファンである、関係の薄いステークホルダーの私ですが、このビルを、同じ場所で新しく建て替えても、「取り壊して新しく建設」に過ぎないわけで、資産としての価値は復活するんでしょうが、特徴ある建築物としての価値は、失われてしまうと思います。

今のテクノロジーで建設したら!?

中銀カプセルタワービルの見学を終えた後、『もし、今の技術でこのコンセプトを実現したらどうなるだろう?』と、建築の素人なりに、いろいろな妄想が膨らみました。

まず、カプセルのユニットは3Dプリンターで一体成形できるでしょうし、軽量で強度が高く、耐候性に優れた素材もあるはずです。ライフラインも可用性を考えた構造にして、カプセルとは別系統で維持管理すればメンテナンスも楽。外壁も、光触媒のような汚れが落ちやすい素材や、傷を自動修復する素材が実現しています。木製の家具にしても、難燃性のより高品質な合板が使えるかもしれません。
内装も、オーディオセットや電話、テレビは、すべてスマートデバイスで置き換え可能。照明はLEDが使えますし、キッチンはなくてもスマート電子レンジか、何ならフードプリンターでも入れたい。
ユニットバスも、バスタブに拘らずシャワー設備でいい。その代わり、どこか一か所を丸ごとバスタブ付きの風呂場にしたい(屋上展望風呂にして!)。メインの窓は大きく開かなくても、窓からの景色や光をシミュレートするデバイスも使えそう。ウイルスとの共存を考えると、エアコンを併用した衛生的・効果的な空気の入れ換えや、廃熱を床暖房に使ったりを期待したいところ。
そして、コンシェルジュ機能は、AIとリモートまたはオンサイトの人で回したり、サービスとしての一体感も不可欠。と、こんなところでしょうかね。

今のテクノロジーで、新しいカプセルが開発されればとても興味が湧きます!世界的なTiny House Movementや、オフグリッドなライフスタイルの潮流にも合っているかもしれません。
ただ、都市部のオフィスビルの入居率も下降している今、ビルという形態そのものがニーズに合うのか?はまた別の話かもしれません。全体を、居住スペースではなく、ホテルとして設計するにしても、インバウンド需要はこの先当分は(もしかすると永久に)回復しそうにありませんし。
そもそも、こういう次世代建築が実現するなら、それは銀座ではなく中国深セン辺りでしょうか。わざわざ、国力が落ちていく日本で再現する必要は無さそうです。いや、すでにリモートワーカー用のブースとして販売中かも!?

映画『ミクロの決死圏』や『DUNE』のリメイク

中銀カプセルタワービルを見学する少し前に、ある象徴的な言葉を耳にしていました。当時放送されていた、NHKラジオ『すっぴん!』の、映画解説のコーナー「高橋ヨシキのシネマストリップ」でのことです。
その日紹介された映画は『ミクロの決死圏』。人体の内部を冒険する旅を描く、1966年のSFアクションの名作です。CGが登場する遙か以前の当時の技術や、製作スタッフの英知を結集させて作られた作品です。
ヨシキさん曰く、『リメイクの話が何度も出ているが、今の最新技術で焼き直すことには意味はない』という解説でした。いや、まさにその通り。『サンダーバード』のCG版しかり。素晴らしい現代の映像技術がふんだんに使われた作品になったからといって、感動するかというと、微妙…

リメイク映画といえば、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品の『DUNE』が今秋公開予定です。静止画は、夏前からちらちら小出しされていましたが、9月に入ってトレーラーも公開されました。

フランク・ハーバートが書いた壮大なSF叙事詩を元にした同作品は、最初、アレハンドロ・ホドロフスキー監督が映画化しかかっていたものの、制作途中で頓挫。後を引き継いだ形のデイヴィッド・リンチ監督版も、本人の意向に沿わない形で終わってしまいました。

ただ、これがまさに、今のテクノロジーでのただの焼き直しになってしまいそうな危惧もあるんです。原作に近いのか、実現しなかったホドロフスキー版以上の展開があるのか。ヴィルヌーヴ版も見ますが、見る前から期待より不安が拭えませんw

新旧コンテンツやプロダクトの、移り変わりと維持管理のジレンマ

レガシーなコンテンツの維持管理といえば、Web上で動画を再生するテクノロジーである、Adobe Flashの終了まで100日を切りました。Future Splash時代から、Macromediaを経ての付き合いですし、こちらはあまり深い感慨めいたものはありません。自分も気付かないうちに代替技術がコモディティー化して、スムーズな移行を意識しなかったことや、古い仕様の縛りを回避してきたからでしょうか。

Flashで作られた面白かったり興味深いコンテンツが、作り直されることはないことも知っていますが、開発にどっぷり使ったりしなかったからか、『技術の進化とはそういうものだ』というサバサバした感じです。もしこれをずっと残し続けるなら、技術そのもの以外に、開発ツールや技術者、ノウハウの維持管理がとても難しく、コストも高くなることは理解できます。恐らく、誰かがアーカイブやエミュレーターを作って、廃墟の管理人のようなことをやるんだろうなと思っています。

一方、自分がユーザーでも何でもない部外者のとしては、中銀カプセルタワービルは、できるだけ長く残って欲しいと身勝手に思っています。オリジナルが持つ価値は、やはりあそこにしかありません。古いコンテンツの維持管理やアップデートには、メンテナンスの制約が付きものです。しかし、人は、劣化も含めて、自分と一緒に変化していくものにしか愛着を抱かない生き物です。

それと同時に、新しいテクノロジーが凝縮した未来も見てみたい。50年前よりも、遙かに変化のサイクルが高速になっている今、すぐにコモディティー化してチープになるかもしれませんが、それでもワクワクさせられたいと感じます。ただ、それは「ニュー中銀カプセルタワービル」でなくていいんです。

これら新旧の建築物は、両立すると思っています。ちょうど、東京スカイツリーができたことで、東京タワーの価値が否定されたわけではなく、むしろ再評価されたように。建替派の人たちから、維持存続を希望する人たちへの売却も難しいんだろうとは思いますが、何とか妥協点を探り続けてもらうことを願うばかりです。

昔、使っていたFlashは今日消えてもいいが、住んだことがない歴史的建築物は残って欲しい。まぁ、人間、何とも身勝手なもんです 😛

新旧のノーマルをどう共存させていけるか?

新型コロナウイルスと何とか共存していく生活は、「ニューノーマル」とか「新しい日常」と呼ばれています。
それまでやってきたルーティーンをリモートに置き換えたぐらいでは、それほど意味がある変化にはならないかもしれません。むしろ、コミュニケーションや意志決定において、重要な要素が欠落してしまう可能性もあります。接客スタイルについても、余計な設備や管理の負担が増える一方、場所のキャパシティーや回転率だと大幅に下がったまま、当分は回復しそうにありません。
とにかく、すべてのビジネスが、商品やサービスの大幅な見直しが必要です。提供するサービスや商品、接客スタイルも、過去を踏襲しつつ、新しいアプローチや価値が求められそうです。

自分のブランドや自分自身のレゾンデートルにも直結するこのテーマ。仕事でなく私生活でも、何を残して、何を取り戻し、何を変えていくべきか?重要な価値を残すため・変えないためには、どんな新しい付加価値を発見し、変えていく必要があるのか?

皆さんは、どう考えて実践していますか?


中銀カプセルタワービルは、ちょうど、書籍出版のクラウドファンディングを実施中です。残り約一週間なので、興味がある方はぜひ支援を!