
命日はもう過ぎたけれど、自分の中では『6月最後の日曜日に起きた事件』として記憶されている。Hagexさんが亡くなったあの日曜日から2年…時間が経つのが早いのか遅いのか、よくわからない。
当時、直前まで現場にいて、ショック混じりのやり場の無い感情をブログに書き殴った。書いたこと、書いたけれど公開していないことを改めて読み返してみると、一人の傍観者も傍観者なりに深く傷ついていたのだな。
当日の深夜から翌日に掛けて、Webメディアだけでなくテレビ局数社から取材の申し込みがあったものの、『マスメディアはこの事件を正確に伝えられない』とすべて断った。タレントの話題とお天気の間で消費されていくのは、目に見えていた。メディアとして適さず、多分、伝える能力が無いだけでなく、そもそも伝える気もない。そんな相手に協力する気になど、なれるはずがなかった。
Hagex.day.infoに書かれていたことすべてに賛同できていたわけじゃないし、中には受け入れられない見方もあった。当時、『それみたことか』という反応があったことも見た。
でも、ネットを中心に巻き起こるいろいろなことを、茶化したり、揶揄したり、皮肉ったりといった、あまりお行儀がよろしくないスタイルも、自分には割と受け入れられる許容範囲内の表現だった。もちろん、おちょくっているだけじゃなく、物事を独自の角度から見ることで、時にちょっとニヤッとさせられたり、妙に納得したり、深く考えるきっかけになったこともあった。時に、人を嫌な気分させたり怒らせることを知ってか知らずか、余計な一言を書かずにいられない様子には、それなりに共感していたし。
じゃあ、2年という間、Hagexさんの事件がきっかけになり、マスメディアの代わりに『事件の現場』だったソーシャルメディアで正しく理解され、教訓が活かされ、良い方へ変わったかといえば、残念ながらそうはなってない。
むしろ、自分と相容れない他者への憎悪はより手軽に、過激に、狡猾に生成され、先鋭化している。言動の一部だけが切り取られ、キャプチャーされ、加工されたかどうかも検証されず、タグ付きでインデックス化され、まとめられる。詳しい説明や補足、訂正があっても、いつも十分には届かない。
何となく、Hagexさんご本人のことを悼む悲しみとか、凶行の目撃者になっていたかもしれない恐怖とは別の感情が、自分の中にある気がしている。それは、自分も加害者(または被害者)とそれほど違わないんじゃないか?この先、何かのきっかけでそうなり得るんじゃないか?ということ。無意識のうちに匿名の誰かの憎悪を煽っていたり、自分の不満を特定の何かへの攻撃で代償したり。誰かを追い込んだり、誰かに追い込ませたり、自分で自分を追い込むように仕向けてはいないか?
故人には申し訳ないのだけれど、まだ起きてもいないことへの意味不明な負い目が、小さな蜘蛛の巣のように自分にしつこくまとわりついて、離れないだけかもしれない。
あの日、Hagexさんの言葉でずっと引っかかっていたのが「正義」—『今日、覚えたことは、正義のために使ってください』と語っていた。斜に構えたスタイルの、時に嫌われがちな、あんまり正義じゃないはずの人だったのに。
Black Lives Matterにリアリティーショー、ヘイトスピーチ、選挙、国…。今、正義について考える場面はとても増えているけれど、自分の理解や実践はなかなか追いつかない。できることといえば、正義って本当に何なのか、分かったつもりにならず、月曜日からも引き続き、機会があれば少しずつでも知ろうとし、理解していくことだけだ。