傍観者ではいられないのだよ、金田一くん

今回の平成30年7月西日本豪雨災害を受けて始まっていた、『金田一募金』を知って、即乗ってみて、ふと思い出したことがある。

岡山の寒村のような

西日本集中豪雨に対する『名探偵のふるさと募金(通称・金田一募金)』が匿名OKと公表するやいなや、探偵小説キャラが続々募金している件
https://togetter.com/li/1250567

日本映画解説者の春日太一さんの話で知ったのだが、市川崑監督は、横溝正史原作の映画作品に登場する金田一耕助を「傍観者」として描いていたらしい。『犬神家の一族』『八つ墓村』『悪魔の手毬唄』。思い返せば、なるほどそうかもしれない。石坂浩二版の金田一が、一番しっくり来るな。

どの映画作品も、真犯人がわかるのはラストだ。そして、ほぼ、悲劇的な結末を迎える。金田一は『もし、あそこでもっと早く僕が気付いていれば…』と、後悔の念を吐露するのだが、彼は、敢えて悲劇を防ごうとはしない。傍観者としての彼は、実は、ドラマが終盤に差し掛かる前に真犯人に気付いているのかもしれない。そうなると、彼の『しまった!』は、等々力警部のそれとは意味がまったく異なる。少なくとも、スクリーンのこちら側からはそう見えることがあったのも確かだ。

自ら何も手を下すことなく、運命の為すがままに任せる。そうなるように宿命づけられているのなら、人間ができることなど何も無い。傍観者としての主人公を描いた映画と、傍観者ではいられなくて大喜利参加するTwitterユーザー。荒れ狂う大自然に翻弄されて苦しむ人々と、何もしない・できないかどうかはともかく、面白がって参加する人たち。原作者とその主人公に縁のある土地の苦難に際し、何かの縁を感じて、半ば勝手な思い込みで手を差し延べるコミュニティー。矛盾していながら繋がって、何とも不思議で、細かな模様を描き出している。みんな、何かの配役として少しでも、自分ができることでかかわりたいのだ。

やっぱり、八つ墓村辺りも被災して、どこが墓地だったかわからなくなってしまっているんでしょうか。これは、地味に等々力警部のコスプレぐらいして現場に駆けつけて調べねば。『よしっ、わかった!』。

犬神家の一族(1976)

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