黒澤やT.ギリアムの映画が好きなら『犬ヶ島』吹き替え版を見よ

『犬ヶ島』

無国籍近未来ディストピアテイストが好きな人には、強くオススメしたい、詩情溢れる素晴らしいストップモーションアニメーション映画でした。

第68回ベルリン国際映画祭 銀熊賞(監督賞)受賞作品だということは、後で知りました。タイトルとビジュアルにこそ、犬が大きくフィーチャーされていますが、犬そのものがテーマではありません。あらすじはこんな感じ。

近未来の日本にあるメガ崎市で、ドッグ病が蔓延。人への感染を恐れた小林市長が、すべての犬を「犬ヶ島」に追放すると宣言する。
ある時、この島に、小林市長の養子アタリが、小型飛行機で不時着する。
彼は5匹の犬たちと共に、自分が唯一心を許せる護衛犬だったスポッツを捜して旅に出る。
一方、メガ崎市では、ドッグ病の治療薬を研究し政権を批判していた教授が軟禁される。
その背後に潜む陰謀を、メガ崎高校新聞部の部員達が嗅ぎつけ、調査を始める。少年と犬、大人、学生、それぞれの闘いと冒険の末に…

時代を超えるジャパンのディストピア

日本文化が下敷きになってはいますが、日本にとてもよく似たどこか架空の国をイメージさせます。時代も、近代または未来、もしくは戦国時代のよう。カタカナと漢字、ひらがな、アルファベットの怪しい混在は、『ブレードランナー』辺りとはちょっと違うテイスト。とはいえ、20世紀の海外の教科書のような、東南アジアの文化をごちゃ混ぜにしたいい加減さは感じられません。きちんとした日本リスペクト。外国人少年による不思議なイントネーションの日本語ナレーションが、これまた独特の雰囲気を醸し出しています。そんな、無国籍の近未来で展開されるディストピアストーリーには、ちょっとT.ギリアム風味も感じたりしました。

吹き替え版を超オススメ

私は通常、海外映画は字幕版しか観ないのですが、ほとんど事前情報を仕入れずに、この映画は何となく吹き替え版を選びました。結果として、これが大正解でした。
というのも、とにかくディテールが非常に作り込まれていて、いちいち字幕を目で追っていると、それらを見逃してしまいそうなのです。それでも、全編日本語と英語が混在しているので、字幕が表示される部分が結構あるのですが、たまには吹き替えもアリですね。動きやカメラも非常に滑らかで、ストップモーションアニメなのか、CGなのかわからなくなるほどのクオリティー、しかも展開もスピーディーでした。

見た後から知る情報も面白い

見に行って、後からいろいろな情報を読んでみました。なるほど、黒澤映画オマージュは、はっきり出てくるのですぐわかりました。メイキング映像も素晴らしいドキュメンタリーです。

ISLE OF DOGS | “Making of: Puppets” Featurette (2018)

舞台の背景として政治も出ては来ますが、まったくポリコレ的なことはなく、エンターテインメントとしてとても楽しめる素晴らしい作品でした。ただ、見終わった後、何だか今の日本そのものが、うち捨てられたもので溢れかえっている「犬ヶ島化」しているような気になったのは事実。実は、この作品のW.アンダーソン監督自身が、同じようなことを語っていたようです。

ある段階から『いま我々が作っている最中のアートを、世の中が真似しはじめた』ような感覚になりました。

animationの語源であるラテン語のanimaは、「息・呼吸、生命力、霊、命のあるもの・生き物」の意味を持ちます。命を持たないパペットがとても生々しく動き、作られた架空のはずの話がとてもリアルに感じられる。これは、完成された作品を見る側の人間が、常に揺らいでいるからこそでしょう。私のように、犬を始めとしてスイッチを切れない生き物全般に大して関心を持てない人も、ぜひスクリーンの前へ。

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