『「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について』高橋 源一郎

311以降の1年を振り返った、ツイートやエッセイ、論評や小説の冒頭などで構成された本。メディアも、SNSやブログ、新聞・雑誌と多様だ。内容の重複もあり、これら全てが綺麗にまとまるはずもなく、その混沌があの日からの日々そのものだったと、著者は語る。

震災と津波そのものの災害よりも、長引く原発事故から巻き起こる非難の応酬や同調圧力、エネルギー問題などを巡る人々の混乱が、それぞれの相容れない「正しさ」を創り上げていく。そんな中で、著者は日常通りの生活を過ごすことで、変化を受け入れようとする

5年目を迎えた2016年3月11日は、あの日と同じ金曜日だった。著者がパーソナリティーを務めるNHKラジオの番組「すっぴん!」では、著者自身によってこの本からの抜粋が朗読された。あの日は、ご長男の保育園の卒園式という記念すべきハレの日。日常の一部であり、それでいて特別な家族の平和なシーンの朗読をバックに、保育園で人気だという歌『LET’S GO! いいことあるさ』が流れた。


メロディーはどこかで聞いたことがあると思えば、オリジナルは”Go West” The Village Peopleで、カバーはPet Shop Boys。東日本で起きた災害で、自国民でありながらどこかしら疎外感が離れなかった西日本にいる自分は、これからどこへ行こうか?何を開拓しようか?いいことあるだろうか?そう思わずにはいられなかった。ただ過ぎ去っただけでなく永遠に失われた未来を背景に、子供たちの無邪気で元気な声で希望と未来が連呼される。慌ただしい朝の番組なのに、聞いていて思わず泣けてきた。

また、著者が教壇に立っていた大学では卒業式が中止されたが、卒業生に宛てた祝辞は複数のツイートとして贈られた。これも、自身によって改めて朗読された。最後の卒業から時間が経った大人にも、今も深く響くメッセージだ。

元々、書籍の内容が多面的・多層的だった上に、さらに時間軸という深さも加わった。今も残るソースを一緒に辿ることで、改めて立体的に「あの日」を感じられる本であった。